妊娠すると母体は赤ちゃんを育むための準備をはじめ、妊娠前のからだから大きく変化します。特に妊娠初期はホルモン分泌が著しく変わり、その変化にからだがうまく適応できないと「つわり」が重くなったり、重症化して「妊娠悪阻(にんしんおそ)」になることがあると考えられています。
また、ホルモン分泌がスムーズに行われないと、なかなか赤ちゃんに恵まれない「不妊」を招くことになります。ホルモンには妊娠を支えるという、とても大切な役割があるからです。ここでは、胎盤ホルモンと呼ばれるものを中心に、各ホルモンの変化とその作用をお話しします。
胎盤ホルモンとは
妊娠すると、妊娠の維持や胎児の成長に必要なホルモンが胎盤で作られるようになります。hCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)やhPL(ヒト胎盤性ラクトゲン)、エストロゲン、プロゲステロンなどがあり、これらを胎盤ホルモンと呼びます。
エストロゲンとプロゲステロンは、非妊娠時は月経周期にともなって卵巣で作られるホルモンですが、妊娠すると作られる場所が胎盤に移り、胎盤ホルモンと呼ばれるようになります。では、それぞれのホルモンをみていきましょう。
妊娠検査の指標になるhCG(ヒト絨毛性ゴナドトロピン)
hCGの変化
妊娠4週頃に母体の尿中にあらわれるので、初期の妊娠判定に用いられます。妊娠検査薬は、このhCGを検出することで陽性反応を示すようにできています。
hCGの分泌は8~10週頃をピークに、以降は減少していきます。ピーク時がちょうどつわりの時期と重なることから、つわりの要因の1つという説があります。
hCGのはたらき
hCGには、エストロゲンやプロゲステロンなどのホルモン分泌を促進する働きがあります。その他に甲状腺に作用して、甲状腺ホルモンの分泌を促します。
これらの働きによって、母体は胎児の発育にとって最適な環境となり、母体に守られながら胎児は成長していくことができるのです。hCGは、妊娠にとって最も重要なホルモンの1つです。
妊娠の維持と出産の準備をするエストロゲン
エストロゲンには、エストロン(E1)、エストラジオール(E2)、エストリオール(E3)の3種類があります。
非妊娠時、エストロゲンの約60%は卵巣でつくられるE2です。E2はエストロゲンの中で最も活性が高く、通常、血液検査で測定されるエストロゲンの主成分で、不妊治療でも重要視されるホルモンの1つです。
エストロゲンは卵胞ホルモン(女性ホルモン)とも呼ばれ、妊娠前は月経周期にともなって卵胞から分泌され、子宮内膜を増殖させて妊娠の準備をする役割があります。排卵後、卵胞は黄体に変化します。妊娠が成立すると形成中の胎盤からhCGが分泌され、hCGの作用で黄体が妊娠黄体に変化します。さらに、hCGは妊娠黄体を刺激して、エストロゲンの産生を促します。
エストロゲンの変化
このように妊娠すると、エストロゲンの分泌量と産生場所は変化します。
ちなみに、hCGが8~10週頃をピークに、減少していくのは、エストロゲンの産生場所が胎盤に移り妊娠黄体を刺激する必要がなくなるためです。
エストロゲンのはたらき
胎盤で作られるエストロゲンは、「産後に向けた母乳分泌の準備と妊娠中の母乳分泌の抑制」、そして、「妊娠の維持と出産の準備」という相反する働きを同時に行います。
母乳分泌の準備と抑制
エストロゲンは乳腺の発育を促進します。また、脳の下垂体と呼ばれるところに作用して、プロラクチンというホルモンの産生を促します。プロラクチンにも乳腺の発育を促す作用がありますが、この他に、母乳の分泌を促す役割もあります。
妊娠中の乳腺の発育については、エストロゲンとプロラクチンは共同で促進しますが、母乳の分泌に関しては、エストロゲンはプロラクチンに対して抑制的に作用します。このため、妊娠中はプロラクチンが分泌されていても、母乳分泌はおこらないようになっています。出産後、胎盤が排出されエストロゲンが減少すると、その抑制がとれて、母乳の分泌は開始されます。
妊娠維持と出産準備
エストロゲンには、妊娠を維持するという働きと出産の準備をするという正反対の役割もあります。胎児の成育期には子宮筋を厚く丈夫にして赤ちゃんを守り、子宮血流量を増大させて妊娠を維持します。妊娠末期には、子宮頸管を徐々に柔らかくして出産の準備をします。このように、妊娠週数によってエストロゲンのはたらきは変化します。
妊娠中の排卵を抑制するプロゲステロン
プロゲステロンの変化
プロゲステロンは、妊娠前は黄体から分泌され、エストロゲンとともに子宮内膜をふかふかに育て、受精卵が着床しやすい状態にします。妊娠が成立するとhCGの作用で黄体は妊娠黄体に変化し、プロゲステロンの産生は促進されます。
出産前まで分泌量は増加し続け、出産後、胎盤が排出されると、プロゲステロンは急激に減少します。hCGが8~10週頃をピークに、減少していくのは、プロゲステロンとエストロゲンの産生場所が胎盤に移り、妊娠黄体を刺激する必要がなくなるためです。
プロゲステロンのはたらき
胎盤で作られるプロゲステロンには、「産後に向けた母乳分泌の準備と妊娠中の母乳分泌の抑制」、そして、「妊娠の維持」という大切な働きがあります。
母乳分泌の準備と抑制
プロゲステロンはエストロゲンやプロラクチンと共同して、乳腺の発育を促進し、産後の哺乳に備えます。
また、プロゲステロンはエストロゲンとともに、妊娠中の母乳分泌を抑制します。出産後、胎盤が排出されプロゲステロンとエストロゲンが減少すると、抑制はとれ、母乳分泌が開始される仕組みになっています。
妊娠中の排卵抑制
脳の下垂体という部分に作用して、黄体形成ホルモン(LH)の分泌を抑制し排卵しないようにする働きもあります。妊娠を維持するために次の排卵が起きないようにする、とても大切な役割を担っています。
子宮の弛緩
プロゲステロンには、子宮の平滑筋を緩める作用もあります。先のエストロゲンの作用によって厚くなった子宮筋を、プロゲステロンの作用によって緩め、丈夫で拡張性を持った子宮になります。これにより、胎児の成長に合わせて、子宮が大きくなることができます。
胎児の発育を促進するhPL(ヒト胎盤性ラクトゲン)
hPLのはたらき
胎児の成長エネルギーの大部分は、ブドウ糖に依存しています。ブドウ糖は胎児の発育にとってとても重要な栄養です。このため、母体は胎児にブドウ糖を優先的に供給するようになります。この役割を担っている胎盤ホルモンがhPLです。
hPLは胎児にブドウ糖を送るために、母体のブドウ糖の取り込みを抑える作用があります。母体に吸収されなかったブドウ糖は、血流にのって胎児に送られ栄養となります。
一方、胎盤ホルモン(hPLなど)は、母体への栄養補給のための脂肪分解作用も持っています。母体は脂肪を分解してエネルギーにかえます。これによって、胎児へのブドウ糖供給によって足りなくなった分のエネルギーを、脂肪から補うことができます。hPLは、胎児と母体の栄養補給を担う、とても大切なホルモンです。
hPLの変化
妊娠末期は胎児の成長が著しいため、分泌量はピークをむかえ、出産後、胎盤が排出されると、hPLは急激に減少します。
まとめ
胎盤ホルモンの作用をまとめると次のようになります。
・胎児と母体の栄養供給を支える
・血流量を増大して胎児の成長を支える
・子宮筋を厚くして胎児を守る
・子宮筋を緩めて、胎児の成長に合わせて子宮が大きくなるようにする
・排卵を抑制して妊娠を維持する
・乳腺を発育して産後の哺乳に備える
・母乳を準備して産後の哺乳に備える
・妊娠中の母乳の分泌を抑制する
・子宮頸管を緩めて出産に備える
胎盤ホルモンは互いに協力し合い、時に抑制的にはたらき、その時々で最適な役割を果します。胎盤ホルモンの作用によって、母体は健康を保ち、胎児の健やかな成長を支え、妊娠の維持と出産の準備を行っているのです。
<参考文献:病気が見える(産科) メディックメディア>